文豪とアルケミストオーケストラ演奏會

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文豪とアルケミストオーケストラ演奏會
「文豪とアルケミスト オーケストラ演奏會」
発売記念

指揮者:柴田真郁 × 作曲家:坂本英城 特別対談

指揮者:柴田真郁
×
作曲家:坂本英城
特別対談

坂本:ご無沙汰しておりました。「Music 4Gamer #3『文豪とアルケミスト』オーケストラコンサート」では大変お世話になりました。当時はあまりゆっくりお話できなかったので、こうしてお時間をいただけて本当に光栄です。それでは改めて、読者の方に向けた自己紹介をいただけますでしょうか。

柴田:柴田真郁(しばた・まいく)です。普段はクラシック、特にオペラを中心に指揮活動をしています。ここ2、3年でゲーム音楽のお仕事もいただくようになりましたが、なにぶん西洋音楽を勉強してきた人間なので、ゲーム音楽との出会いで音楽観が変わったり、新しいインスピレーションを得たりしています。今回のコンサートでも坂本さんの音楽に触れたことで、クラシック音楽を演奏するときにも使えるような新しい可能性を感じることができました。

坂本:光栄です。まず簡単に僕の経歴をご説明しますと、両親が音楽をやっていたこともあり、小さな頃から家でクラシックのレコードやテープが流れているような環境でして、特にモーツァルトの交響曲第40番などがよく流れていて、子どもながらにも漠然と「弦楽好きだなぁ」と思いながら過ごしていました。それからピアノを習わせてもらって、自分でも音楽が弾けるようになった頃にファミコンに出会い、「たった3つの音でこんなに素晴らしい音楽が表現できるんだ!」と衝撃を受けて、そこからまっすぐにゲーム音楽の作曲家になりたいと思って進んできました。ただ、音大で勉強したわけでもなく感覚重視でここまできましたので、コンサートのリハーサルのときも専門的なご質問にすぐに答えられなかったりしてご迷惑をおかけしたと思います。

柴田:いえいえ!そんなことないですよ。むしろ芸術家にとっては一番素晴らしい状態じゃないでしょうか。そういうセンスってもちろん努力や研究によって“身に付ける”ものでもあるとは思うんですが、大部分は“与えられる”ものだと思うので。

坂本:恐縮です。作曲家として活動を始めて20年ほどなのですが、ピアノが弾けると言っても専門的に研鑽を続けてきたピアニストの方には敵うわけもないし、オーケストラの楽譜を読むことだって柴田さんのような指揮者の方には敵うわけもないので、そういった実演の部分はもうプロの人に任せてしまって、自分は作曲に集中しようと思っているのが良いのかもしれません。

柴田:なるほど。経歴のお話で言いますと、僕も指揮者になろうと思ったのは小学6年生のときでした。音楽の授業でビゼーの「アルルの女」第2組曲の「ファランドール」を聴いたときに「なんてかっこいいんだ!」と感激しまして。小さな頃に少しだけエレクトーンやピアノを触ってはいたもののあまり熱心ではなく、遊び程度に弾いていただけだったんですが、このときを境にどんどんと音楽の世界にのめり込んで行きました。高校進学の時点で音楽の専門教育を受けたいと親に相談したのですが、「幅広くいろんなことを勉強しなさい」と言われ、いろいろ考えた結果演劇科に進学することを決意して、3年間本格的に舞台のことを勉強しました。

坂本:演劇科ですか!具体的にはどんなことを勉強されたのですか?

柴田:週3回バレエの授業があったり、日本を代表する劇団に所属されている先生が演劇について教えてくれたりしました。その他にも音響や大道具など、演劇・舞台に必要なことを学んでいくのですが、ミュージカルの授業のときに「音楽と演劇が合わさるとより人を興奮させられる」ということに気付きまして、それが自分の夢のクラシック音楽の指揮者と結びついて、「オペラの指揮って面白いかもしれない!」と考えるようになりました。

坂本:じゃあその当時からオペラの指揮者が具体的な目標になったんですね。

柴田:そうなのですが、大学に入るときも先生の「オペラの指揮者を志すなら舞台のことも役者のことも分かっている方が良い」というアドバイスを受けて、指揮科には直接入学せず、声楽科に入って勉強を続けることを決意しました。ただ在学中から器楽科の人たちとも積極的に交流して、サークル活動のようなかたちで独自のオーケストラを組織し、そこで指揮を振らせてもらって経験を積ませてもらいました。その後にたくさんの指揮者の先生たちに師事することができて、いまに至ります。

坂本:本当にすべてのご経験がいまのご活動に繋がっているんですね。

坂本:ずっと指揮者を目指してこられたとのことですが、指揮者として総合的に音楽を組み上げていく醍醐味ってどんなところですか?

柴田:そうですね、指揮者って最終的に“自分では音を出さない”じゃないですか、“自分も音楽の中にいる”のに。そこに最高級の醍醐味を感じています。リハーサルでは言葉を使って説明したり伝えたりできるわけですが、本番では指揮という行為だけで僕の思いや理想の音を奏者に伝えて、それが音になるように引き出すわけで、そういうところにやりがいを感じますね。ただ、これは同時にとても難しいことで、ブラックホール的と言いますか、宇宙的な果てしなさがあります。

坂本:なるほど。僕としてはレコーディングして楽曲を仕上げることが圧倒的に多いわけですが、収録の場合は間違えたらやり直しがききますし、楽曲の雰囲気に合わせて気心の知れた奏者に依頼をして演奏してもらうので、作曲のときからイメージしていた音がすんなり返ってきやすいんです。なのでアウトプットの部分であまり苦労を感じることがないんですね。そういう意味で、生演奏・コンサートの現場で指揮をやって言葉を使わずに自分の理想の音を引き出すというのは、相当に難しいことだと感じます。

柴田:そうですね、本質的な意味では、もしかしたらまだ一度も本番中に満足のいく理想の音を引き出せたことがないのかもしれません。指揮者として手放しで充足感だけが残る演奏会というものを経験したことがない気がします。ただそれでも、音楽は“なまもの”だから生演奏で聞いてこそ、という思いはあって、1回1回違う、1秒1秒消えていく音楽に命をかけて演奏している奏者がいて、その一瞬一瞬の中で相手のことを思いやりながらあらゆることを考えて指揮を振っているのが楽しいんですね。

坂本:生演奏の現場で理想の音を確実に引き出すためには、たとえばリハーサルの時間をたっぷりとって準備を重ねればいいのでしょうか?

柴田:どうでしょうね、制限がある中で集中してリハーサルをすることも大事な要素じゃないかなと感じます。演劇の世界だと夜通し稽古をする習慣があるところもあったりするんですが、音楽の世界だと、特に海外なんてすごく合理的にリハーサルのスケジュールが組まれていて、その制限の中で音楽を仕上げられるかどうかを試されているようなところもある気がします。芸術に携わっている人って、ともすれば人生が自由になりがちで、仕事とプライベートの区切りがなくなったりしますから、そういうシステムが必要なのかもしれません(笑)。

坂本:僕は以前ロシアでレコーディングを経験させていただいたことがあるのですが、予定していた時間ギリギリまで収録をしていて、演奏が終わってコントロールルームで聴き直してOKですと伝えようとしたときにはもう奏者の方たちは帰ってました(笑)。

柴田:海外だとそれくらいカッチリしてますよね(笑)。

坂本:あとは、やはり僕が作曲家で、“自分の”楽曲のアウトプットのことを考えているからご苦労が違うというところもあるんだなとも感じました。柴田さんが普段触れていて理想の音を引き出そうとされているのはご自身の曲ではないですもんね。

柴田:確かにそうですね。指揮者の作業は基本的に人様の作品を表現する・再現する仕事ですからね。しかも200年前に亡くなった作曲家の音楽だったりして、作曲家をとりまいていた当時の環境だったり楽曲にまつわるエピソードだったりを調べ上げたり研究していくことも大切な作業になってきます。でもその観点から言いますと、まさにゲーム音楽のような、いま生きている方の音楽を担当させていただくのは本当に新しい発見に満ちていますよ。

坂本:やはりそう感じていただけるんですね。僕自身もそう感じていて、生きているうちにたくさん自分の音楽を演奏してもらわなくちゃと思っています。

柴田:坂本さんに初めてお会いしてコンサートのリハーサルに立ち会っていただいたときも、いろんなことを感じ取りました。「不思議なTシャツを着てるな」とか(一同笑)。もちろんそれだけじゃないですが、そういった直接お会いして感じ取れるものも音楽に影響しているかもしれないと考えながら楽譜を読めるので、新鮮な感覚です。

坂本:よく「楽曲とのギャップがすごい」と言われます(一同笑)。『文豪とアルケミスト』は特に女性プレイヤーさんが多いゲームですし、ゲームの中の登場人物もシュッとしたイケメンばかりですから、「こんなクマちゃんみたいな人が曲を書いてるのか」と意外に思われたんじゃないかなと(笑)。

柴田:今回のコンサートで演奏した曲は、すべてコンサート用に新しく編曲をしたものだとお聞きしています。難しかった部分はありましたか?

坂本:やはり原曲と編成が大きく違うというのが、嬉しい誤算と言いますか、編曲し甲斐のあった部分でした。もともとオーケストラ編成で書いていたわけではないですし、以前オーケストラで演奏したことがあった曲も今回とは編成が異なりましたから、全曲編曲をし直しています。最終的な目標としては「聴きに来てくれたお客様に喜んでいただけるアレンジにしたい」と常に考えながら編曲しました。

柴田:なるほど。1曲の中でも前半と後半で雰囲気が変わったりしていましたね。

坂本:そうなんです、楽曲の後半はオーケストラならではの聞き応えがあるようにできればと思いまして、実は原曲から大きく変化させた曲もありました。ですが、ここは本当に柴田さんのおかげなんですが、思っていた以上の効果を引き出していただきました。終演後にTwitterを見たらお客様の反応も良く、喜んでいただけたんだなとホッとしました。

柴田:そう言っていただけて僕も嬉しいです。坂本さんが思い描いた音になっているか、テンポは狂っていないか、僕も緊張していましたので。

坂本:あ、そういう意味では、先ほど「いま生きている人の音楽をやるのは新鮮だ」とおっしゃっていましたけど、作曲家本人がリハーサルなどで後ろからあれこれと細かく口を出してくるのは嫌じゃないですか?僕だったら「そんなに言うなら自分でやってみろよ」って言ってしまいたくなりそうなんですが(笑)。

柴田:そんなことはありませんよ……たまにしか(一同笑)。でも坂本さんにはそんなこと思いませんでしたし、やはり今回はゲームという大きなストーリーがあってその中で流れている音楽ですから、より深く音楽を理解するために坂本さんからのアドバイスは非常に助かりました。

坂本:アドバイスと言っても、原曲を聴きこんでくれているお客様に違和感が湧かないようにという観点でお話していただけだったのですが、そう言っていただけて嬉しいです。

柴田:そのアドバイスを受けつつ音楽を作っていきながら、あとは先ほどおっしゃっていたオーケストラならではの魅力というところで、「人間が演奏するとこうなるんだぞ」という、弦楽器の弓の当て方だったり圧力の差だったり、音を弱くするのであっても場所によって微妙にニュアンスを変えたりなどは指示をしましたね。そういった部分が知らず知らずでお客様にも伝わったのだとすれば嬉しいですね。

坂本:そこはリハーサル中に本当に感激したところです。柴田さんが指示を出された後にどんどん良い方に音が変化していって、さすがだなぁ、と思っていました。

柴田:ありがとうございます。

坂本:今回楽譜を読んでいただいて、演奏していただいた中で、印象に残っている曲はありますでしょうか?

柴田:「焦眉ニ抗フ文士タレ」はすごくかっこよかったですね!どことなくエキゾチックな雰囲気もありながら、全員で勢いよく響かせるところと一転してソリストにうっとりと聴かせるところがあったりして、すごく好きになりました。

坂本:ありがとうございます。楽曲の後半にヴァイオリンに長いソロを書きましたが、コンサートマスターのグレブ・ニキティンさんの素晴らしい演奏で楽曲が一層魅力的になったと思います。

柴田:「蝕ミニ抗フ文士タレ」も好きですね。激しい曲ですけど音楽的で、聞かせどころがたくさんありました。

坂本:あの曲は通常戦闘曲なので、お客様にとってもゲーム中によく聞くことになる曲のうちのひとつなんです。なので、耳障りにならないように、でも印象的に、気持ちも昂ぶらせることができるように……と、かなり計算しながら作曲しました。そうやって狙った効果をオーケストラで増幅できるように、と思って編曲しましたね。

柴田:あ、あと印象的だったのは、曲の終わらせ方ですね。どの曲もすごく余韻を大事にする終わらせ方と言うか、ディミヌエンドで閉じていく曲が多かったですよね。フォルテのまま伸ばして終わる曲がほとんどなかったので、そこはよく憶えています。

坂本:そこは主催の4Gamerさんのご協力で、今回は編曲作業を始める前にコンサートの曲順を先に決めていただいたんです。ですので編曲の時点でコンサート全体の雰囲気を考えながら作業をすることができまして、「この曲の次にこの曲がくるからこれくらい余韻を感じてもらおう」などと考えながら編曲していった結果ですね。

柴田:なるほど、それは良い相乗効果ですね!

坂本:『文豪とアルケミスト』の楽曲は楽曲ごとに強弱や緩急がはっきりしていますから、その性質が効果的に感じていただけるようにできたのは本当に嬉しかったですね。

柴田:お話を聞いていて、改めてゲーム音楽ってある意味ではオペラに似ているんだなと感じました。大きなストーリーの中の音楽だからこそ、コンサートでは楽曲の並びも大事になりますよね。

坂本:そうですね。ゲームのための音楽って大きく3つの箇所のために作られていて、それは「場所」「人」「心情」なんです。なのでRPGのような、まさしく1本の映画のような物語のために作曲をしますと、音楽だけでその物語全体を表現できますね。『文豪とアルケミスト』の場合はプレイヤーの皆さんが一本道で物語や音楽を聞いていくのではなく、どの画面にどの順番で訪れてそこにどれくらい滞在するのかというのも人それぞれなゲームなので、作曲の時点でゲーム自体の仕様をよく理解して、「この曲を聞いた後にこの曲を聞く可能性があるからこういう差をつけておこう」とか「ここは長く滞在する可能性があるから耳障りにならないようにこうしておこう」といった工夫をしています。

柴田:なるほど、そこはゲーム音楽ならではの工夫ですね。

坂本:オペラや映画のための音楽とゲーム音楽との違いと言えば、まさにこのインタラクティブ性ですね。先ほど言ったようなRPGであっても、例えば最初の街から次の街に行く、という操作をするときに、人によってはいわゆるフィールド曲はほとんど聞かずに最短距離で到着するかもしれないし、逆に道に迷ってずっとフィールド曲を聞いているかもしれない。そういう可能性を全部考慮して楽曲を作ることになります。

柴田:そういった楽曲に対する工夫というのは、作曲家の方が考えるものなんですか?

坂本:いえいえ、ゲームのプロデューサーさんやディレクターさんといった開発者の方からご指示をいただきます。ゲームの完成形が見えているのは開発者さんたちですからね。作曲家はその完成形のイメージに近づくように、自分の個性や技術を発揮することになります。

柴田:完成形に近づけるということは、作曲をする時点ではゲームは完成していないんですね。考えてみればそうですよね。

坂本:そうなんです。でも作曲の作業は、ゲーム制作全体の中のかなり後半の作業です。仮に12ヶ月でゲームが完成するとしたら、最後の2〜3ヶ月でようやく着手、という感じです。それまでにゲームの根幹のプログラムから、キャラクターやストーリー、色や情景なんかがどんどんできていって、そういった情報を踏まえてようやく作曲開始、ですね。

柴田:なるほど、知らなかった世界の話なのでとても興味深いです。

坂本:あともう一つ映画やオペラとの違いがありました。ゲームは能動的に物語を進めていってもらわなければいけないので、特にゲームの後半の曲などは必ずしもプレイヤー全員が聞くとは限らないんですね。

柴田:ああ!クリアしてもらえない可能性があるんですね。

坂本:そうなんです。映画やオペラは観ている人全員が最後まで物語を楽しむことができますが、ゲームは途中でやめることができる。なので、物語の最後、エンディングシーンなんかに渾身の一曲を作り上げたとしても、それをゲームを始めた人全員が聴くとは限らない。この点は、ゲーム音楽の宿命ですね。

柴田:それはちょっともったいないですね。

坂本:オペラとゲーム音楽の共通点や違いというお話の流れで、柴田さんは冒頭で「ゲーム音楽と出会って音楽観が変わった」とおっしゃっていましたが、もう少し音楽的な部分に踏み込んで、どういった部分で衝撃をお感じになっていらっしゃるのでしょうか。

柴田:一番はハーモニー進行ですね。クラシック音楽の作曲家たちが築き上げて伝統的な様式美となっている進行から外れたものに出会えます。それは良い悪いという話ではなくて、純粋に新たな発見なんですね。現代でクラシック音楽と呼ばれる音楽って、当時なりの制限がある中で作曲されているんです。ひとつの楽器をとってみても、当時はこの音が出なかったとか、この奏法は確立されていなかったとか。その制限の中で曲を書き続けてきたからある一定のメソードができあがって、それが浸透して現代にまで受け継がれてきているわけですが、いろんなものの進化や進歩のおかげもあってそのメソードから外れたものが生み出されている。それをよく含んでいるのがゲーム音楽なんじゃないかなと感じます。

坂本:なるほど。新曲を生み出し続けなければいけない業界ですから、必然的に革新的なものが生まれてくるのかもしれませんね。

柴田:坂本さんの音楽もクラシックなハーモニー進行ではないですが、かと言ってトリッキーすぎるものではないように感じましたね。ところどころに「おっ」と思うエッセンスがあると言うか。

坂本:僕の中では自然で気持ちいい進行なんですが、奏者の方にはよく「この音合ってますか?」と言われます。今回のコンサートのリハーサルでもありましたね(笑)。

柴田:「破綻スル齒車」ですね(笑)。確かにちょっと、クラシック音楽の世界にいたら見たことないと言うか、間違ってるのかなと思うようなハーモニーでした(笑)。でも、それで合ってるわけで、作曲家がそうやって作曲したのであれば、こちらが「こういう音楽もあるんだ」と成長しないといけない。そういう発見がありますね。

坂本:僕はいわゆる“渋谷系”と呼ばれた音楽に強い影響を受けているので、“渋谷系”の特徴とも言われた不思議な和声感とかハーモニー進行の意外性とかが心地よく感じますし、そういう曲を書きたいなと思っているところがありますね。クラシックの作曲家で言えばラヴェルやドビュッシーといった“近代”の作曲家と呼ばれる人たちの複雑で斬新な和声の音楽が好きですし、やはり伝統的な手法からは逸脱しているところに魅力を感じています。しかもこの方々が共通して素晴らしいのは、それまでの伝統的な音楽が好きだった人からも音楽に詳しくない人からも「いいな」と思われているところで、僕もそうありたいと思っていますね。

柴田:そういうクラシックの世界から見たら新しい音楽的な技法というのは、キャラクターやストーリーを表現するには必要だったのかもなとも思うんですよ。坂本さんの音楽に触れて思ったのは「ストーリー性に溢れた、映像が見えてくるような音楽だな」ということで、これはアカデミックな勉強をされていたら触れてしまう音楽的な禁則なんかに囚われていたら獲得できなかったものかもしれないと思いました。

坂本:恐縮です。

柴田:演奏する側である我々がまだ成長途中であると考えると、普段はお一人だったり気心の知れた奏者さんだったりで完成させられる音楽を、そうではない何十人もの人間で作り上げなければいけない今回のようなオーケストラでのコンサートというのは、実はご不便があったんじゃないですか?

坂本:いえいえ!そんなことはないです!自分の曲をオーケストラで演奏してもらうのは作曲家を志した頃からの夢でしたから、本当に夢が叶ったなという思いでいっぱいです。むしろ、特に楽譜の強弱記号の指定についてはどうしてもぎりぎりまで調整をしてしまいますね。

柴田:ああ、リハーサルでいくつかダイナミクスを変更しましたね。必要なところは楽器を足したりもしてボリュームを出しました。強弱の指定は本当に難しい部分ですよ。クラシック音楽でも、楽譜に書かれている強弱記号が現代の解釈とイコールかと言われたらそうでないことがたくさんあります。ベートーヴェンの曲のいくつかは管楽器が楽譜に書かれてある強弱記号の通りに吹こうとしたらファーストヴァイオリンのメロディーをかき消してしまうようなものもあったりして、指揮者としてはそういった部分をきちんと読み取ってバランスをとっていくのが普通です。先ほどのクラシック音楽の制限の話と同じになりますが、その時代ではこの楽器はそんなに強い音が出せなかったからこの強弱記号で書いてあるんだとか、そういったことを読み取りながら音楽が美しく響くように仕上げていくのが仕事ですので。

坂本:でもそれで言うと、指揮者のお仕事としては毎回演奏する楽団も、人数も、ホールも違う条件で、同じ曲をどうやって響かせようかということまでお考えになるんですよね。

柴田:そうですね、いまおっしゃったような外側の部分もそうですし、その音楽についての歴史などの内側の部分も含めてトータルでいろんなことを考えながら、それを奏者にちゃんと伝えられるテクニックがあるのかどうか、音楽を仕上げられるのかどうか、というのを突き詰めていくのが、指揮者冥利に尽きることですね。

坂本:今回は改めて柴田さんに感謝を申し上げたいと思いますし、同時に東京交響楽団の皆さんにも心からのお礼を申し上げたいです。普段演奏していらっしゃる音楽からはかけ離れたものだったと思うのですが、皆さん温かく迎えてくださって、高い熱量で演奏していただけたのが本当に嬉しかったです。

柴田:楽団員の中にもゲームをたくさん遊んでいる人がいたりして、抵抗なく楽曲を楽しんでいる雰囲気がありましたね。

坂本:本当にそうで、和やかで仲の良さそうな雰囲気に満ちていて、全員で「この音楽を良くしていこう」と考えていただけているのが伝わってきて、感激しました。またご一緒できる機会が作れるように、これからも頑張っていきます。

坂本:それでは最後に、この対談を読んでくださった方へのメッセージをいただいて終われたらと思います。僭越ながら僕から申し上げますと、柴田さん指揮、東京交響楽団さん演奏、サントリーホール、という素晴らしい条件が揃ったコンサートで、まず主催の4Gamerさんに心から御礼を申し上げます。今回のCDはコンサートにお越しになれなかった方にもあの場所の響きをお伝えしたいと強く考えながら隅々までかなりこだわって制作しました。何人ものプロの方々の手を通してCDに収まっていますので、ぜひゆっくりとお楽しみいただきたいです。また『文豪とアルケミスト』というゲームが好きな皆さんにとっても、原曲とかけ離れた編曲にしてしまってがっかりさせるようなことがないように、でもオーケストラならではの響きを楽しんでいただけるように、と工夫を凝らして編曲していますので、音楽そのものも楽しんでいただけると嬉しいです。

柴田:まずはたくさんのお客様に聴いていただけるコンサートに携わらせてもらったことに感謝しています。指揮者としましては、このCDがこれからもコンサートホールやライブハウスなどに足を運んで生演奏で音楽を楽しんでいただくきっかけになってくれたら嬉しいです。クラシックな音楽も聴きに来てくださると嬉しいですが、ゲーム音楽を演奏するコンサートやライブも増えてきていると思います。そこには楽曲に真摯に向き合っている奏者がいて、その場限りの演奏をしていますので、ぜひ耳だけじゃなく全身を使って生演奏の魅力を感じていただければと思います。またどこかのコンサートでお会いできることを願っています。ありがとうございました。